長昌寺について

当山は「恵日山 長昌寺」と号し、曹洞宗の寺院です。
曹洞宗は福井県の永平寺と神奈川県の總持寺を両本山とし、釈迦牟尼如来をご本尊としています。
当山は曹洞宗茂林寺(群馬県館林)の末寺で、ご開山は茂林寺の第25世大圓宝鑑大和尚です。
梶野新田の開拓に貢献した梶野藤右衛門貞昌を開基とし、埼玉県栢間村(現埼玉県南埼玉郡菖蒲町)から明和4(1767)年に梶野新田の菩提寺として引寺してきました。

長昌寺の歴史

宝暦末年、梶野新田では菩提寺を建立する動きが高まり、曹洞宗の一寺院を引くことに交渉が進みました。
長昌寺は埼玉県幸福寺の末寺の一つで、幸福寺同様の古跡でありました。しかしながら、長昌寺は檀家が無く、維持も不可能であるため、幸福寺の本寺である群馬県茂林寺の第25世住職宝鑑の手に委ねられていました。
宝暦末年、梶野新田においても死没者が出始めていたこともあり、話は急速に具体化し、明和4年4月に長昌寺の引寺が決まりました。
開基は享保とされていますが、徳川幕府8代将軍吉宗が寺院の新設を許可しなかったため、認可されたのはその43年後の明和4(1767)年であります。



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