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本堂

昭和48年、当山22世白雲天国和尚の発願のもと、道念厚き多くの方々の助力を得て完成されました。昭和50年4月本堂落慶の法要を行いました。



山門

当山23世泰山國雄和尚の発願により平成13年に建立されました。
左右に札が貼られていますが、右は「立春大吉」と書かれていて立春に寺院や社会の平安を祈り貼られます。左は「鎮防火燭」と書かれ火難の害などを防ぐために貼られています。



薬師瑠璃光如来像

長昌寺の薬師如来像は、関東地方によく見られる造りが粗放な鉄仏風の小金銅仏です。
両手先は失われていますが、左手に薬壺を持つ薬師像の特徴がうかがわれます。
背面の銘によると、応永29年(1422)3月18日平田氏が身内の無病を願って仏師道義に製作させたものです。
長昌寺は梶野新田開発後に開かれた寺で、この像はもと上小金井村(現前原町)の薬師堂にあったものを同寺の開基である梶氏が移したものとされています。(小金井市教育委員会)
6百数十年に亘り長昌寺のお薬師様として、この地で信仰され祈りが込められてきた仏様です。どうぞご縁を結ばれ身心の平安を得られますようご参詣ください。



本堂 天井絵

昭和42年本堂新築工事に合わせて松垣鶴夫氏によって描かれた天女の図です。



薬師堂

いつの頃からか薬師如来像は長昌寺に移され、本堂の一隅に祀られて檀家、地域の方々に信仰され、守られて参りました。
このような大切な薬師如来像を安置するに相応しい立派なお堂を建立することは歴代住職の願いでありましたが、平成15年当山23世泰山國雄和尚の発願により、現在のように完成整備されました。
泰山國雄和尚の急逝もあり、その後平成19年8月に落慶法要を修行致しました。



紅葉と松

樹齢は不明ですが、長昌寺のシンボル(名物)となっている樹です。
新緑、紅葉の時期には葉が大変美しい色になりますので、ぜひお参りの際にはご覧になってください。



仁王像

昭和63年2月に寄進されたものです。
本来、仁王像は魔物を仏門から追い払い、門をくぐる者の信仰心を確かめて仏門に通すという役割から山門の両わきに立てられますが、当山では22世、23世住職の意向により本堂内に安置されています。



六地蔵

住職になる前に遷化した23世泰山國雄和尚の兄空岳良昌和尚の供養のために建てられた六地蔵です。
お墓の入り口にあり、お墓参りに来られた方々にお参りしていただいています。


豊川稲荷

昭和38年ごろ、長昌寺に新たに寄付・建立されたもので、赤坂の豊川稲荷を分神、お迎えしたものです。
六尺に五尺の銅板葺で中には宝珠塔が安置され、御神体が納められています。



石丸梧平の碑

哲学者である石丸梧平氏は太平洋戦争時、妻子を当山に疎開させていました。終戦になって一時期、自身も長昌寺で生活を共にしながら、当寺住職であった白雲天国和尚と坐禅を組むなど親交を深めました。
二つの石碑は、終戦後2,3年経ったころ、梧平氏の還暦を祝って立てられたものです。
「人生に結論なし ただ創造の一途あるのみ 意味は発見し得る者にのみ輝く」
「秋深き武蔵野の寂静の禅院長昌寺吾は生きて坐禅せん」

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