2024年05月06日
観音さまの撮影
3月に、写真家の田口るり子さんがお寺の観音さまを撮影しに来られました。
長昌寺松プロジェクトで、松の水墨画を描いてくださった土屋秋恆先生のご友人で、昨年10月に土屋先生と一緒に松の絵を見に来られたのですが、
その際に、客殿の観音さまがとても気になったそうで、その時撮影した観音さまを数ヶ月スマホの待ち受け画面に設定してくださっていたそうです。
お寺で働いている私たちにとっては、観音さまがそこにいらっしゃることも当たり前になってしまっているため、そんな思いで日を改めて撮影に来ていただき驚きました。
現在、京都のギャラリーで展示会が行われているそうで、そちらに、長昌寺の観音さまの作品も展示されているそうです。
(ギャラリーへお客さまとして陰陽師の方がフラリといらっしゃって(さすが京都!驚)、
この観音さまについて色々な話をお話になっていったというエピソードもありました)
撮った写真をそのまま展示するのではなく、やぶいたり貼ったり、額に色を塗ったり、様々な形でコラージュされています。
観音さまの写真を使った作品は、観音さまのお顔や体を切ることなく、そのままの使用となったそうです。
雨の境内に落ちた梅の花びらとともに展示されています。
もし、お近くの方がいらっしゃいましたら、ぜひ伺ってみてください。
……………
【OPEN YOUR EYES】
⚫︎5月2日-12日 期間中無休(全日在廊します)
⚫︎12-19時
⚫︎場所 @gallerygarage22 ギャラリーガラージュ 京都府京都市南区東九条北松ノ木町7-1
【ステートメント】
OPEN YOUR EYES
真実が見たいと思う。
人の、物の、世界の全ての真実を見たいと思う欲求の裏で、真実とはなんだ。そんなものは存在するのか。 とも考え続けている。
パンデミックが過ぎ、私は久しぶりに被写体と対峙した。
椅子を置き、向かい合って座る。
被写体との視線の交わりは徐々に見ているのか見られているのかわからない状態となっていき、私と相手は融合していく。そこに境界線はない。
姿や形は重要ではない。見ているのはその人や物体の生命力であり、「存在」そのものである。
撮るということは、自己を剥き出しにする行為であり、写っているものは全て自分自身であり、相手自身でもある。
人は皆、日常の細かな選択から、人との関わり方まで常に第六感というものをフル活動させながら生きているはずだ。
スーパーで沢山のりんごの中から1つを選び取る。なぜそのりんごを選んだのか。私は考える。
人を好きだと思った時、なぜそう思ったのか。私は自分に問う。
選択の一つ一つが人生を構築していっている。
常に見る目を覚醒させて、本当に被写体と向き合うということをまた始めようと思う。
目に見えないものは、実は目に見えている。
そこに真実があるのか確かめたい。
田口るり子

