2023年04月04日
写経に想いをのせて
先日、写経写仏の会が開催されました。
コロナ禍になる以前によくご参加いただいていた方が久しぶりにお見えになりました。
以前は、お母さまと一緒にお二人でご参加くださっていましたが、昨年お母さまがお亡くなりになり今回はお一人で。
長昌寺のお檀家さんではありませんが、お亡くなりになった後には、ご報告にお越しいただき、
『母との思い出が残る写経の会には泣いてしまいそうでまだしばらくうかがえそうにありません』
とおっしゃっていました。
今回は、もうすぐ1周忌というタイミングでしたが、最愛のお母さまの写真を連れて写経にご参加くださいました。
お母さまと一緒にお寺まで来た道、思い出深い本堂、隣で書いた写経、好きなお花が咲いている境内、
こみ上げるお気持ちもまだまだあったことと思います。
お亡くなりになって100日目のことを、卒哭忌(そっこくき)と呼び、涙を卒業し一区切りつく日からその名称がついたようですが、1年経っても、3年経っても、涙が流れる方ももちろんおられます。
大切な方を亡くされ、そろそろ区切りをつけなくては…、前進しなくては…、と考えてしまう場合もあるかと思いますが、日々の暮らしの中での少しの変化をひとつずつご自身で認めていくことも大切なのではないかと思います。
これまで思い出深い写経の会に参加出来なかった方が、出来るようになったことは、大きな変化であると思います。
しかし、もしもこの先また気持ちが沈んでしまうことがあっても、『また落ち込んでしまった』と感じるのではなく、ただ、その気持ちと共にいることが重要なのではないかと思います。
死別に限らず、別れは誰にでも訪れ、悲しみと共に生きていくことは本当に大変なことですが、
ほんの少し前向きな変化があったり
変化がない時期が続いたり
落ち込む時期があったり
思い出す日も
思い出さない日も
そういった日々の時間の流れの中でのご自身を大切にお考えいただければと思っています。
長昌寺の写経の会を大切に思ってくださりいつもご参加くださったお母さまのことを、私たちも時に思い出しながら、これからもお越しいただく方々との時間を大切にしていきたいと思います。